ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

母校

あまり具体的なプランもないまま、足を進めていたら、母校の前にたどり着いた。
比較的往来の多い、幹線道路の前に佇んでいる、わたしの母校。当時は無かった、新しい建物が増えたりしていて、さながら自分の母校だ、と感じにくい部分もある。
それでも、校庭から漂ってくる土埃の香り、校門の前を歩く生徒(なんとなく、自分の母校の生徒だなと思う、直感力というのは、たとえ彼らがどんな服を着ていたとしても、なんとなく感じることができる)の話し声、カーテンの向こう側に見える教室の光、そういったものひとつひとつを感じることができる。これは、きっと変わっていない。部室棟からは、軽音楽部がギターの練習をしているところが見えるし、ベンチに座って談笑している生徒もいた。
でも、その母校はいまやわたしの居場所ではない。仮に懐かしさに負けて校舎に無断で立ち入ったりしたら、不法侵入で捕まってしまう。学校という場所は不思議な場所だ。在籍しているときは、毎日行かなければならないのに、卒業した途端「あなたは関係ないのでもう勝手に入ってこないでください」と言われてしまう。今まで歴代の生徒たちはたくさんいるだろうに、この瞬間に「この学校があなたの居場所だよ」と言ってもらえるのは、在籍しているたった3学年だけなのだ。当たり前のことだけど、よく考えると不思議で、ちょっと薄情だなと思う。でも、卒業してからわたしが何か母校のためにやったのか、と言われたら別に何もやっていないし、特に関係もないから、そんなもんなんだろうなとも思う。
 
ところで、今わたしはこの文章を、その母校の教室の灯りが見えるカフェから書いている。日が暮れて、教室の中についている灯りが、より目立つようになった。
全てが、素晴らしい思い出だったかと言われたら、そういうわけではない高校生活だったと思う。それでも、仲良くなった友人たちとは今でも繋がりがあるし、毎年決まって会う人たちもいる。
結局思い出されるのは、部活がメインで、とにかく毎日、毎日、部活に明け暮れていた高校生活だったなと、今考えても、そう思う。
何かに打ち込めるという環境は、かけがえのないものだ。そしてそれに一緒に打ち込める仲間がいたらなおさら。
今までの人生で一番何かに打ち込んでいたのは、高校生活の3年間と、大学2年生の1年間、それくらいだと思う。あの時放っていた輝きが、今もあるとは思えない。でも、何かにもう一度打ち込むことはしたいなと思う。こうやって感傷に浸ったり、自分を省みて色々考えることができるのは、今自分に時間がたっぷりあるからで、自分についてもう一度ちゃんと知る機会を与えられているからだと思う。そう思うようにしている。
実際、この時間が与えられたことで、自分について今まで以上に知ることができたし、それは今後の人生において、非常に大事なことに繋がってくると思う。今じゃなかったとしても、5年後、10年後とかに躓いていただろうから、今でよかったじゃないかと、思えるようにもなった。
 
職場に提出する書類についての指示を受けた。もう数ヶ月ポヤポヤしている自分にとって、書類を処理することへのハードルが上がっていることは確かなことだった。電話口で言われたことをメモして、少しだけパニックになって、箇条書きにしてやることをまとめて、どうにか噛み砕いて理解する。でもやること多いなぁ、うまく提出できるかなと心配になったけど、一晩経って冷静に考えたら、作業工程的には大した頃のないことだった。びっくりするくらい単純で、きっと元気な時の自分だったらあっという間にこなせるような内容だったのだけど、それさえも大きなハードルに感じてしまう、そういう状態だ。
 
自分の状態を客観的に理解して、それを書き残したいと思うのだけど、自分のことを客観的に書くのってすごく難しい。
それも、人に読んでもらう前提で、って考えると余計難しい。文章力や伝える力、思考力を養いたいと思う。
 
恋人に、自分の考えを伝えて、思考の手伝いをしてもらうことがあるのだけど、その時のアドバイスや、思考の整理の仕方がとっても的確で「なんてできた人なんだろう」と毎回惚れ直したりしている。
ちゃんとわたし自身に考えさせること前提で「問題はもっと単純なんだよ、AかBをまず決めてから先のことを考えたらいいと思うよ」「同時に考えすぎてるからパニックなんだよ、まずはこれについて考えてみよう」などと優しく諭してくれる。そしてわたしの思考のクセなども、わたし以上に分かっている。
 
自分1人だと、訳の分からない、そしておそらく意味のないループに陥って、無駄な時間と体力を使ってしまうことも多い。
 
わたしは理系で、恋人は文系。でも、わたしの方が感情的になって考えたり、文章を書くことが好きだったりして、恋人の方がびっくりするくらい冷静で、論理的にモノゴトを考えている気がする。性格や特性はバラバラだけど、なんとなく補い合って(今はわたしが支えてもらってばっかりだけど)生きていけるんじゃないかなと思ったりする。楽観的すぎる?
 
自分の部屋にベッドがあるから、すぐに寝てグダグダしてしまう。よくない。横になっている必要のない体調の時は、極力起き上がって、活動していたい。常に100%は無理だけど、常に40%くらいの力で行動していきたい。

最近のこと(2019.11)

やっと、というか、別に待ちわびていたわけでは無いけど、ようやく、冬らしさを感じるようになってきました。でも、まだ銀杏が紅葉してる最中であるということは、例年の冬よりも、寒さがやってきているのはゆっくりなんだなと思います。
夏が長くて、なかなか冬がやってこなかった今年だけど、結局寒いのは寒いで辛いんだろうなと思っています。では。


・トラウマの発見
ずっと苦しめられていた、正体不明のもにょもにょしたやつ。もう一つ大きなトラウマを抱えていたことが分かりました。カウンセリングでフォログラフィーワークをして、発見。少しずつ不調の原因がわかっていくのは嬉しいけど(原因が分からず苦しいときが一番しんどいから)、それでもやっぱりトラウマを克服するためには時間がかかるんだろうなとも思う。


・英語と新しい勉強をはじめる
少しだけ、将来やりたいことが見えてきた感じがする。そんな風に思えたのも、数ヶ月ぶりで、その分野に進むのなら、もう一度学びなおす必要があって、となると英語が必須になる。
専門分野の入門の参考書と、数年ぶりに速読英単語を購入した。速単を手に取った、というか英語にちゃんと触れるのは大学受験以来。大学に入ってからは、なんとなくでしか英語をやっていなかったから。単語もびっくりするくらい覚えてないし、英語の文章に対する耐性がものすごく下がっていることが分かった。ふふ、ちょっと絶望したけど、少しだけワクワクしてる自分もいる。体力も集中力も減っているから、いきなり受験生のレベルで勉強するのは無理だけど、1日5分からでもやっていけたらいいなと思う。


・「ジブン手帳」で体調記録をつけはじめた
体調と生活の記録をちゃんとやろうと思って、手帳を探したのだけど、一番しっくりきたのが「ジブン手帳」だった。1ヶ月使ってみたけど、ものすごく、いい。今のところ、天気、気圧の変化、体調(1〜10段階)、薬の服用状況、睡眠、食欲、夢の記録、気持ちの変化、生理周期、外出の有無、運動の有無、などを記録している。来月からは気温も記録しようと思う。
24時間のグラフ的なものがあるから、その時間にどんな風だったかってことをかけるのがすごくいい。あと、2ヶ月分の情報を見開き1ページに書くこともできるから、病院で先生に診てもらうときも使いやすくていい。今度記録の様子を別記事であげられたらなと思っている。


・乗り物酔いがひどい
今まで、ある程度成長してからは乗り物酔いについてはあまり縁がなかったのだけど、最近、毎度酔うようになってしまった。車やバスで特にひどい。なんでなんだろう。
酔いそうになるまえに、イヤリングを外したり、耳をマッサージするっていう対処をしてるけど、その時々によって効果があったりなかったり。そして唐突にオレンジジュースが飲みたくなる。なんでなんだろうね。


・「ダンス オブ ヴァンパイア」を観た
お目当は桜井玲香ちゃんだったのだけど、ミュージカルはやっぱり面白いな、と思った。(玲香ちゃんの入浴シーンでずっとハラハラしていたので心臓に悪かった、でもかわいかった〜〜赤いドレスがとっても似合ってて素敵だった)
ストーリーというより、みんなが出てきて、わーってダンスしたり歌ったりするところが良かったなって思う。迫力がすごい。ダンスすごかったなぁ。
行き帰りは電車に乗らなくちゃいけなくて、しかも帝国劇場、人も多くて体調崩壊の寸前だったけど、観にいけてよかったと思う。ミュージカル好き。楽しい気持ちになれるから。ウィキッドまた観たいなぁ。


・最近見た映画
「すみっコぐらし」
好きなゲーム実況者の人が、あまりにもゴリ押ししていたので、観に行ってしまった。なんとなく平和そうだなと思ったし、見終わった後に落ち込むことはないだろうなと思ったから。
面白かったし、子供も観れる大人向けのストーリーだったなと思った。普通に泣いてしまった。色々考えさせられる。いつか誰かに食べてもらうのが夢のトンカツとか、自分探しをしているペンギン(カッパ?)とか愛しすぎる。みんな違うこと、そしてすみっこが好きなこと、を登場キャラクターがみんな認識していて、当たり前のようにみんなに配慮してるシーンが、とても素敵だなと思った。
すみっコぐらし自体、全く知識のない初見だったけど、面白かった。


「マチネの終わりに」
福山雅治がかっこよかった。石田ゆり子さんが素敵すぎた。(語彙力)
マネージャーに途中でものすごく腹が立ってしまって、そのシーンから映画に集中できなくなってしまった。物語の登場人物に途中で腹が立って集中できなくなるのは、自分でも初めての経験だったからびっくりした。(あとで彼氏に話したら「子供だね」と言われた)
エレベーターに乗った時に、トラウマがフラッシュバックするシーンでは、その苦しさがものすごく分かってしまったので少し辛かった。
でも、福山雅治石田ゆり子さんが、とにかくかっこよくて、素敵だった。街とか部屋の切り取り方が好きだった。


・最近読んだ本
十二国記
どこの書店に行っても、ゴリ押し具合がすごく、フリーペーパーまで置いてあって、昔書店ガールを読み込んだ自分としてはスルーするわけにはいかないなぁと思い、手に取ったらあれよあれよと一気に引き込まれた。書店員さんたちが、これだけの情熱で推してくるだけの作品だなと、もっと昔から知っていたかったなと思っている。
エピソード0から読んでるから最新刊にはまだ到達してないけど、十二国記の世界をゆっくり楽しんでいきたいと思う。2周目は、ノートに色々メモしながら、もっと世界の深いところまで理解できたらなと思う。


サラバ!
これは一気読み。息をつく暇もなく、あっという間に読破。そして読み切ったあと病む。
最後の方では「頼むから主人公、救われて…救われなかったらわたしものすごくつらいしわんちゃん立ち直れないよ…」と半分祈るように読んでいた。
直木賞に選ばれる作品とかって、とっても難しくて自分には読めないイメージがあったけど、すごく読みやすかった。これは自分が大人になったってことなのかな。違うかな。
小学生の時の転校のシーンで、うまく周囲に溶け込んだ主人公が羨ましいと思った。これは自分の転校の経験を重ね合わせたから。
家族や、人間関係についてものすごく考えさせられた。自分の価値観や倫理観を見直すきっかけになった気がする。病んだけど。笑


今月から、観た映画と読んだ本で印象深かった作品について感想を書いていこうと思う。続くかは知らないけど。
ネタバレは極力無しで、素直に思ったことを書こうと思う。媚びないし、無駄に褒めないで、思ったことを書いていきたい。

 


 

とにかく情報を減らすための生活の工夫【HSPとして生きていく】

自分の「生きづらさ」にHSPの影響があることがわかってから約2ヶ月。生活の中で新しく工夫をしたことがいくつかあるので記録します。
わたしの特徴として、敏感な五感は「視覚」がダントツでその次が「聴覚」、少し敏感度が下がって「嗅覚」、「触覚」「味覚」と続きます。
特に大きいストレスを感じるのが、圧倒的情報量に晒された時。例えば、満員電車、都会の人混み、本屋さん、図書館、ショッピングセンター。
どうやらわたしは、目に入った情報は全て一度脳を通して処理しているらしいことが分かりました。普通の人たちには背景や風景として見える、ショッピングセンターで自分が狙っている洋服以外の商品、本棚に並んでいる本や文字、電車についている広告、すれ違う全ての人の顔や持ち物、など。
お店に入ると、「赤色のスカート、青いスカート、こっちは黄色、カーディガンが4色・・・」といった具合で、全ての商品をモノとして認識しているみたいなんです。
だから、外に出かけてたくさんの情報に晒されると、必要以上に疲れてしまう。というわけで、自分の中に入る情報量を物理的に減らしたり、リラックスの方法を考えて実践しています。
 

外出時の工夫

・メガネの度を落とす
★★★
物理的に目に入る情報量を減らすという、シンプル且つ効果抜群の方法。
前のメガネをかけると視力が1.2あったらしく、そりゃあたくさん情報入ってきちゃうよなぁ…という感じ。前のメガネから2段階視力を落としました。
外出時に、目に入ってくる情報がかなり減ったので、楽になりました。脳みその回転具合がだいぶ減った気がする。
 
ノイズキャンセリングのヘッドホン(イヤホン)を使う
★★★
購入したのは、SONYのこの商品。
高かったけど、払った金額だけの効果は購入して2ヶ月経った段階でかなり感じてます。
電車に乗る時、飛行機に乗る時はノイズキャンセリング機能をもちろんオンにして乗ります。周りの雑踏が聞こえなくなるから、あとは目を瞑ればだいぶストレスが軽減されます。
あとは、カフェなどで作業するとき、すごく重宝してます。隣の席におばさんの大軍団がいても大丈夫!(当社比)
前は、近くで少し大きな声で話す人たちがいただけで頭痛がひどくなっていたけれど、だいぶ軽減されました。ノイズキャンセリング機能すごい…
 
・買い物には制限時間をつける
★☆☆
とにかく外に出て、買い物をする、という行為で疲れ果ててしまうわたし。でも、必要なものを探したり、買い物をする必要性は出てくるわけで。
1日の買い物は30分以内で、その時間をオーバーしたら一度休憩する。調子が良ければ、もう少し延長してもいいことにする。たくさんの商品がある場所に行くと、無限にショッピングしてしまうけど、それはわたしにとってものすごい負担になっていることを意識しておくだけでだいぶ違う。
あらかじめ買うものが決まっている時は、その目標のものを購入したらすぐに退店する。無意味に滞在しない、なども対策。
それでも疲れ果てちゃう時は疲れちゃうけどね。
 
・休憩場所を決めておく
★☆☆
外出時疲れてしまったら、避難できる休憩場所を何箇所か見繕っておく。いざとなったらそこへ駆け込もう、と思っておくだけでだいぶ気持ちが楽になる。カフェとか、フードコートとか、いつも人が少ないベンチとか、風の気持ちのいい公園とか。
疲れた時に行くお店は、匂いがキツくない場所にする。できたら人が少なくて、席と席の間隔が広く、甘いものが食べられるとなお良し。
 
・5人以上の集まりに行かない
★★☆
人と会っておしゃべりすることは好きだけど、入ってくる刺激量が、会う人数が増えるほど大きくなっていくことも事実。一度に処理できるのは、仲のいい友人4人程度、というのが今の現状。できたら2〜3時間くらいで解散する。
そして、自分のワガママを言えるだけ仲が良い人たちにする、特に体調があまり良くない時は。不調である時は、不調だから◯◯をすることは厳しい、と素直に伝えられる、そういった仲の人と会うべし。
そんな状態のわたしでもいいと、会ってくれる友人たちがいることはかけがえのないことだなと再実感。
 
・人の少ない電車や時間帯を狙う
★★☆
結構大事。多少時間がかかっても、人が少なかったり、座れたり、少しでも自分にかかるストレスが減る方法で移動するべき。満員電車は、もうしんどすぎて厳しいかもなぁ。
 
ツイッターを見ない
★★★
いらない情報、刺激量の多い情報が、たくさん流れてくるのがツイッター。暇だと見てしまうけど、そして面白いけど、見れば見るほど疲れてしまうのも事実。
フォローする人を極限まで減らした安全なアカウントや、リストを上手に使ってもいいと思う。
 
 

自宅でリラックス編

・部屋の色を統一する(減らす)
★★★
めちゃくちゃ効果ある。普段過ごしている部屋の色の数が減るだけで、こんなにリラックスできるとは。
今まではインテリア、という概念が一切なかったから、その時に一番安かったカーテン、ベットカバー、シーツ、を使っていたのだけど、おかげで部屋の中の色がバラバラ。カーテンは緑、ベットカバーは赤紫(しかもだいぶ色の刺激が強いやつ)、枕はピンク、といったように刺激量が大きい感じになっていた。カーテンの色に合わせて、ベットカバーと枕の色を緑で統一しただけで、気分がだいぶ落ち着いた。
壁紙は白、家具(机や本棚)は茶色、カーテンやベットが緑、という3色で統一されただけで、リラックス効果バツグン。
 
・外の光を入れる
★★☆
レースカーテンをちゃんと洗って、外の太陽光が入るようにする。昼間は窓を開けて、風を通しながら換気する。細かいことだけど、大事なこと。
本当は蛍光灯の光だけでなくて、間接照明的な、柔らかい光だけで部屋を照らすことができるようになったらいいのだけど。照明器具は今探し中。
 
・ホットタオル
★★★
目が疲れた、頭がパンクしそう、頭痛がひどい、肩こりや首の周りがつらい、といった時はホットタオルを目にあてる。
タオルを濡らして、ビニール袋に入れてレンジで1分弱温める。タオルが適温になったら、目に当てて、ぼーっとする。
ノイズキャンセリングのイヤホンで、癒される音楽を聴きながらやるとなお良し。MPが回復する感じがある。
 
・マインドフルネス(呼吸法)
★★☆
身につけたい、技術の一つ。リラックスできる呼吸法を身につけると、しんどくなったとき楽になれるらしい。
わたしはこの本をお勧めしてもらったので、付属のCDを使って、練習をしている。
 
・好きな生地の布団や寝間着を使う
★★☆
私の好きな生地は綿100%の生地。
肌に触れる布団や、タイツを綿生地にするだけで、リラックスできるし、ストレスが減った。
触覚が与えている刺激量も随分大きいんだなと実感した。自分の好きな生地を探すことも大事。
 
・アロマ(未実践)
★☆☆
まだ未実践。気にいる香りのアロマになかなか出会えない。香りに対してもかなり敏感なので、苦手な香りがかなり多い。
 
・湯船に浸かる
★★★
疲れた時ほど、湯船に浸かる時間を確保する。半身浴も気持ちがいい。入浴剤を入れてもいいし、余裕があれば、スーパー銭湯や温泉へ足を伸ばすのもあり。
温泉に行った後、鬱の症状が劇的に良くなったことがあるから、また温泉行きたい。湯治したいな。
 
とりあえず現時点(HSP判明から約2ヶ月)で、生活の中に取り入れた工夫はこれくらい。また随時更新していきたいと思います。おわり!

情報強度リスト(2019.11)

「情報強度」という言葉を思い付いた。
情報量の多い場所や状況になると、とにかく疲れてしまい、うつも強くなってしまう傾向に気が付いたのは、今年の9月。それからどうやって生きていくのが、楽になるかを考えていた。
場所や天気、混雑具合やその日の体調によって、疲労具合は変わるのだが、なんとなく自分の中で「この場所は特に苦手だ」とか「この状況ならある程度大丈夫」みたいな基準が出来上がってきた。
 
自分の疲労感や体調に影響を及ぼす、要因それぞれに、それがどれくらいの影響があるのかというのを客観視するために、「情報強度」という指標をつくることにした。(※完璧に自作の言葉です)
とりあえず1~10段階で、1は楽(=心身への負担はほとんどない)、10は翌日の活動に支障がでるほど大きな情報量を持っている(=心身への負担が大きい)、ということにする。
 
きっと、もう少し年月が変わると、また基準は変わってくるのだと思う。とりあえず今の基準を書き残しておきたい。
体調が悪くなった時に、「昨日は情報強度が高かったからしょうがないよね」と自分を納得させられたら、幾分か楽になると思うからだ。
情報強度が高いものについては、絶対避けたいというものではない。なぜなら、情報強度が高いものは、面白いからだ。知的好奇心を満たしてくれるものも多くある。楽しさを分けてくれるものもある。情報によって、人間は生かされているといっても過言ではないと思う。
 
また、個人差が大きいものであるため、完璧に自分用のリストです。
完全に自分の圧倒的私感、独断と偏見なので悪しからず。
 

【場所編】

新宿駅:10+
池袋駅:10
・渋谷駅:10
・東京駅:9
 
新大阪駅:10
大阪駅:10
 
・となりの駅:6
・最寄り駅:3
 
マクドナルド:8(匂いがきつい)
・カフェ:4~8
 
・ショッピングセンター(近所):5
・ショッピングセンター(大型・初見):8~10
 
・いつものスーパー:6
・初めてのスーパー:6~8
 
・アウトレット:9
 
・フードコート(混雑):8
・フードコート(割と空いてる):4
 
・書店:4~9
・図書館:5~8
・いつもの映画館:5
 
・近所の公園:1
・大きな公園:4
・公園(無人):1
・公園(混雑):7
 
・河川敷:1
 
・ディズニーランド:9
 
・自室:2
・リビング:4
 
・スポーツジム:7
 
・病院の待合室:7
 

【乗り物編】

・山手線(ラッシュ時):10
・山手線(空いてる・座れる):6
 
・いつもの電車(ラッシュ時):9
・いつもの電車(座れない程度):7
・いつもの電車(空いてる・座れる):3
 
・いつものバス:3
・初めてのバス:7
 
・新幹線:10(隣で飲酒されると10+++くらい)
・飛行機:8
 
・夜行バス:10+++(寝れずに体調が絶望的に悪くなるので、今は絶対に乗ってはいけない)
 
・車:?(車酔いの頻度が激増した)
 

【対人編】

・1人(気を使わない仲のいい友人):3
・1人(友人):4
・1人(職場):8
・1人(知り合い):8
・1人(初対面):10
 
・2~3人(気を使わない仲のいい友人):5
・2~3人(友人):6
・2~3人(職場):9
・2~3人(知り合い):10
・2~3人(初対面):10++
 
・4人以上(友人):7~9
・4人以上(職場):10
・4人以上(知り合い):10+
・4人以上(初対面):10+++++
 
・8人以上:10+++
 

SNS編】

TwitterのTL(いつもの):8~10
TwitterのTL(フォロー数の少ないアカウント):5
 
・インスタ:8
YouTubeのトップ画面:8
 
はてなブログの購読ブログ一覧:7

【その他要因】

・天気の悪い日は負担が2倍
・低気圧が近づいている時は負担が3倍
 
・裸眼の時は0.8倍
・普段のメガネは1.0倍
・運転用の眼鏡は1.5倍
 
ノイズキャンセリングのイヤホンで情報強度が下がることもあり
・近くにうるさい人がいたり、大きな音がする場合、情報強度がカンストすることもあり(頭痛などの症状が出る)
 
・たばこの匂いでダウンすることもあり
 
 
気付いたことがあったら追加していきます~
敏感な人たち、共に生き抜いていきましょう~!

希望

なにがしんどさを助長しているのか分からないけど、とりあえずどうやら、うつの状態が悪くなっていることだけは確かなようだ。
11月の頭から付け始めた、体調や睡眠、食欲を記録するノートによると、先々週より先週の方が、先週より今週の方が、明確に体調の悪さが出てきている。
元気な時がない、いや、正確には、人と会って強制的に楽しいことをしている時にはあるっちゃあるけど、基本的に一人でいる時間、世界の理とか、自分には解決のできないような、壮大な事を考えては落ち込んでしまう。
 
人の心は難しい。なぜなら見えないから。そして、自分でさえ、本当の自分に対する理解はほとんどできていないように思う。
ひとりひとり、感受性や性格が違って当たり前なのに、みなと同じことを求められる、義務教育の期間。少しでもずれたことがあると、一気に攻めたてられてしまう。
成長が遅く、まわりの子供たちに置いていかれていた幼少期。
転校で味わった孤独感。
 
そういった、大人になってからは普段あまり気にしてこなかったことたちが、自分の深い場所で、人格形成に大きな影響を与えているのではないか、ということに最近気が付いた。
集団への帰属意識的なものが今のテーマで、自分がそれに対してどのように考えているかを、考えてみようと思っているのだけど、これがなかなか難しい。
 
身体はつかれているのに、脳みそがオーバーヒートして、全然眠れない日があった。目は、眠いよ、と訴える。だから横になる。でも、頭がずっと働き続ける。常に思考を進めていて、「ちょっと止まってよ」と投げかけてみるけれど、まるで暴走した機関車のように、頭の回転が止まることはない。
そして、最終的に、世の中に対する自分の無力さに絶望する。なぜ、わたしはここにいるんだろう。誰も助けることはできないんだろう。助けられなかった、あの時の気持ちが、もう、どうしようもなく自分の中を駆け巡る。
 
結局、他人のことなんて分からない。自分のことさえ分からないのに、他人を分かろうとするなんて、全く持って無理な話だ。自分が本音だと思って話していることだって、心の底の気づけない場所が発している本音ではなかったりする。もう、訳が分からない。
 
心理学を勉強したいと思った。同じように困っている人の助けに、少しでもなれたらいいと思った。でも、心理学を勉強するのが怖い。
人の心は見えない。自分の言動一つで、酷く傷つけたり、依存させてしまったり、人生を壊してしまうことだってある。
相手の気持ちになって考えてみることは大事だけど、そこに深入りしすぎて共倒れしてしまっては元も子もない。そのあたりのコントロールを自分ができるようになるのか、ただでさえ感受性が敏感な自分に、そういった仕事ができるのか、またただ勉強するだけだったとしても、しんどくなってしまうのではないかという気持ちがどうしても湧いてくる。今は、弱っている。弱いから、弱気になって、ネガティブになっているのかもしれないけど、分からない、本当のところが、さっぱり分からない。
 
友達に誘ってもらえることもあるけれど、体調によって、行ける時と行けない時があって、それを承知してもらってはいるのだけど、やっぱりキャンセルするときはなんだか申し訳ない気持ちになる。
楽しい気持ちをチャージすることは大切だけど、自分の残りのHPとMPを考えながら、調整する。
 
うつ抜けした友達が何人もいて、すごく励まされる。「今が最高に幸せ」と彼・彼女たちは言う。
だからわたしも、うつを治して、そっち側に行けるんだという、強い希望になっている。先を歩いてくれる友達の存在が、どんなに心強いか。私もそれを追いかけたい。早く治したい。焦ってもしょうがないけど、とにかく、元気になりたい。それを強く強く願っている。そう、わたしは元気になりたいのだ。