ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

ささやかな

短いけど書き残しておく。

 

キラキラのネイルをしているわけでも、素敵なヒールを履いておしゃれしてる毎日を過ごしているわけでも、高いコスメや洋服を着ているわけでも、「かわいいね」ってチヤホヤさせるわけでも、インスタのストーリーにリア充投稿しているわけでも、仕事で誰かに認めてもらったり褒めてもらうわけでも、ないけれど、それでも、

家に帰ってきて、お風呂に入って身体をほぐして、たまに気の合う人とお酒飲みながらお喋りして、自室にある本棚にお気に入りの作家さんの本が「いつでも読んでいいよ」とスタンバイしてくれてる生活ってなんて素敵なんだろう。時間ができたらジムで音楽に合わせて身体を動かして、筋肉を少しだけ痛めつけて、その筋肉痛が翌日にじんわりと身体の中に存在してると、「生きてる」って感じがする。「生きてる」って感じることができるのは幸せだ。

自分の中で完結できる「幸せ」を発見していくことは、なによりの喜びかもしれない。

いつだって雪見だいふくを食べることができる。冷凍庫にいつでもスタンバイしている。そんなの「幸せ」じゃないか。

 

明日の準備は8割ばっちり。なんとか朝起きて、やっていこう。

終わり良ければ総て良し。2018年、あと少しだけど駆け抜けよう。

 

 

スタバのない街

新幹線に乗る駅に着いたのは、予定時刻の3時間前。これからどう時間を潰そうかと話し合う。

お昼を食べて、軽く散歩して、お茶でもしようか、と話していると山下が「スタバの限定のピスタチオのやつが飲みたい」とぼそりと言った。山下が自分の希望を言ってくることは珍しい。基本的には「すだちの行きたいところに行って、食べたいものを食べよう」というスタンスだ。
わたしは山下が「何かをしたい」と言ってくれるのがとても嬉しくて、それを大事にしていて、ピスタチオの限定のやつにもスタバにも大して興味はないけれど、スタバに一緒に行きたいと思った。
相手がやりたいことを一緒にできる、それだけで幸せなのである。

山下の住む街にはスタバがない。少なくとも気軽に行ける距離にスタバはない。

わたしの住む街にはスタバがある。1時間半の通勤ルートの中で、寄ろうと思えば何箇所だってスタバがある。


***

クリスマスだった。
わたしは平日の仕事帰りにデパートに寄り、山下へのクリスマスプレゼントを購入した。帰宅途中に30分でも寄り道をすれば、予算や年齢に合わせた品揃えが豊富なデパートで、簡単にクリスマスプレゼントを買うことができる。

山下の住む街には、気軽に買い物ができる場所がない。電車を乗り継いで、大きな街に出て買い物をする必要がある。
年頃の女の子が喜ぶような、わたしの生活圏で気軽に見ることのできる商品を探しに行くためだけにも少なくない費用と時間がかかる。
わたしはその現実を理解しているつもりだ。

山下はクリスマスにわたしに会った時にプレゼントを大きな街で購入するつもりだった。わたしも、きっとそうなるのだろうな、と思いながら山下に会った。

わたしには基本的に物欲がない。そんでもってこだわりが強い。
「欲しいものを買ってあげるよ」と言われた時の途方の暮れ方はすごい。
いったいわたしは何が欲しいのか。最低限生活できるだけのものがあれば十分なのだ。
コスメやカバンや洋服は、欲しいけれど、お店に行ってすぐ「これが欲しい」なんて言えるほどのものじゃない。別にたくさん無くたって生きていける。
すごく吟味して、歩き回って探して、ようやく欲しいと思える品に出会えるか出会えないかなのだ。出会えない日の方がずっと多い。

少ない脳みそをフル回転させて、アクセサリーが欲しいと思った。
それも、山下が自分で選んでくれたアクセサリーが欲しいと思った。
プレゼントは物がもらえる、という嬉しさもあるけれど、その「プレゼント」を探して決定するまでの時間や手間、思考の方がずっとずっと嬉しい。何色が似合うかなって考えたのかな、少し恥ずかしくて照れながら買ってくれたのかな、とか考えた時の嬉しさったらない。

山下が選んでくれたアクセサリーが欲しいという意向を伝えたら「ぼくの住む街にはアクセサリーを売ってるお店がないよ」と言われた。そりゃあそうだ、電車とバスを乗り継いで、時間もお金もかけて買いに行かなければならない。
毎日仕事だってしている。人でごった返している大きな街に行くことはそれだけで負担は大きい。

わたしはそのことを承知している。
別にわたしだって身がよじれるほど、これがないと死んじゃう!って程欲しいわけでもないし(そりゃあもらえたらものすごく嬉しいし喜ぶけれど)、プレゼントをもらえなくて拗ねるような、そんな人間ではない。

わたしはプレゼントをあげたくてあげているし、それは勝手にわたしがやっていることだ。わたしは山下と一緒に居られる時間があるだけで十分なのだ。

未来の話をした。
山下は職場の人たちに「彼女を今住んでいる街へ呼びなよ」と散々言われているらしい。
山下の住む街へ行く、住む、ということはわたしにとってハードルが非常に高い。今までの生活がガラッと変わる。信じられないほどに変わる未来だ。
別に毎週末東京のキラキラした場所で遊んでいるわけではない。人混みは極力避けたいし、ターミナル駅にはよほどの用がない限り立ち寄らないようにしている。スタバだって年に1度利用するかしないかくらいである。
それでも生まれ育った首都圏に居る、ということは大きな安心なのだ。方言も文化も違うであろう地域へ単身飛び込んで行くことへのハードルは高い。

山下よ、東京に帰ってきてくれ。
頼む、東京に帰ってきて欲しい。

スタバのある街とない街、わたしの人生はどうなっていくのだろうか。
新幹線から見えた東京タワーに確かな安心感を覚えながら、3連休を終え、東京へ帰ってきた。

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東京駅的雑感

打ち合わせをしながらちらちらと時計を盗み見る。このペースじゃ間に合わないな…時間をずらそう、と決断するは予定の1時間半前。トイレに行き、こっそり新幹線の時間を変更する。乗車20分前まで時間の変更が効くスマートEXの恩恵を思いっきり活用する。
遠距離恋愛中の社会人の強い味方だ。

鬼のスピードで仕事を片付け、週明けでいい仕事は全て放り出し、退社。
周りの人にニヤニヤされながら「行ってらっしゃ〜い」と言われつつ、早足で駅へ向かう。
電車を乗り継ぎ、東京駅へ。金曜日の夜の東京駅はどこか浮き足立った雰囲気がある。
スーツケースを引くサラリーマンや、旅行客に紛れてわたしも東京駅へ降り立つ。

駅に併設されているコンビニで温かい缶コーヒーを買う。黒人の強そうな店員さんが笑顔で「ありがとうございます」と言ってくれた。都内のコンビニの外国人の割合はここ数年で跳ね上がっているように感じる。
出勤前に購入したパンと缶コーヒーを携えて改札をくぐり抜ける。
スマートEXのカードとSuicaを重ねてタッチするだけで改札を通れるという優れもの。紙の切符を券売機で購入しなくていいメリットは大きい。

窓側の指定席へ。東京駅を出て都内から多摩川を超えるあたりまでの都内の景色がとても好きだ。昼は街の様子が、夜はキラキラとした夜景が輝いて見える。
新幹線から見える景色と地名がだいぶ結びつくようになってきた。グーグルマップを片手に、外の景色を見るのがすごく楽しい。

ちょうど冬の夕焼けの時刻、赤から紺色へのグラデーション、ずっと遠くには富士山のシルエットが見える。胸を突かれるような感動が急に襲ってくる。久しぶりにゆっくり見る夕焼けはとても綺麗だった。
前の席に座っているサラリーマンが写真を撮っていた。わたしも同じことを思ったよ、すごく綺麗だよね、と心の中で馴れ馴れしく話しかけてみたりする。

コーヒーを飲んでいたら、新しい白パーカーにこぼしてしまった。おニューの白パーカーへできる茶色い染み。いつか絶対白いパーカー汚してしまうと思っていたけれどこんなに早いとは。新幹線の中では、なす術無し。
うじうじ悩んでも仕方ないと割り切り、開き直ってコーヒーを飲む。

横浜を過ぎても隣の席に誰も来ないときは当たりの回だ。そんな機会滅多にないけれど、気持ち的にすごくゆとりのある旅になる。

辺りが暗くなってくると、新幹線の中からは景色はほとんど見えない。読書をするか、スマホをいじるか、睡眠に励むか。
睡眠に励むこと約2時間。到着駅が近づいてくる。

荷物を降ろして、降車の準備。周りの人に迷惑をかけないように慎重になる。
パンパンに膨らんだリュックとトートバッグを持ったわたしが新幹線を降りた瞬間、貴重な休日が始まった。

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年の瀬の月曜夜

夕食を食べて、少しだけぼーっとして、お風呂に入る。

お風呂は至福のひと時である。あったかい湯船に浸かりながら、ぼーっとする。自分でマッサージをするのも悪くない。

お風呂を出て、化粧水と乳液を付ける。最近乾燥が気になるので、化粧水は2回付けることにした。ちょっとだけ贅沢な気持ちになる。

 

ヨガマットの上で柔軟。少しずつだけど身体が柔らかくなっている実感がある。股関節や肩を伸ばすのは気持ちいい。どうして今までやってこなかったんだろうという気持ちになる。

軽い筋トレ。激しい猫のポーズを始め、数種類を行う。寒いけど、汗が出てきそうな感触を感じながら、お腹に力を入れる。

髪の毛を乾かす。ヨガマットの上に寝っ転がりながら、ドライヤ―を使う。なんだかすごく悪いことをしている気持ちになるが、誰にも咎められることはない。

 

東海オンエアが生放送で大掃除をしているから、それを流しながらブログを書いている。ただ大掃除をしているだけの動画なのに、同時に5万人以上が視聴しているってすごい。同世代の人たちの活躍は素直に嬉しいと感じる。不思議な中毒性があると思う、なぜだか見てしまう東海オンエア。

 

冷凍庫にほうじ茶の雪見だいふくが息を忍ばせて待機している。「いつだって雪見だいふくを食べられるんだぞ、食べてやるぞ」という謎のモチベーション。雪見だいふく楽しみだなぁ、今日食べるか、明日食べるか、来週食べるか。いつだって食べてやれるんだからな。

 

自分で自分のことを幸せにしてあげる。

最近、ゆっくりお風呂に入ったり、柔軟したり、ボディクリームを塗ったりする瞬間に「幸せだなぁ」と思うことが増えてきた。

自分の身体に合う、気に入った洋服に出会った瞬間、そしてそれを着ながら仕事へ向かっている時、ちょっとだけニヤける。自分のことを自分で幸せにする工夫を少しするだけで、ハッピーな気持ちになれる。

今まで自分のことをすごくないがしろにしてきたのかもしれない。自分のことは自分が一番大切にしてあげるべきで、そうやって生きていきたい。

ささやかなことに幸せを感じられるようになったのは、ずいぶん回復した証拠なのかもしれない。そう思って、また嬉しくなる。

 

そんなことを考える月曜日。もうすぐ今年も終わりだ。

激しい猫のポーズ

ヨガマットを購入した。世間を騒がせたアマゾンなんちゃらセールに便乗。

プライム会員だけど、そんなにアマゾン(アマゾンというよりも運送会社の人たち)を急かしているわけでもなければ、死にそうになりながら超特急で運んできてもらう必要はない。でも家まで届けてくれるのは時間のない社会人にとって本当にありがたいサービスである。

「いつでもいいですよ」ボタンの気持ちで「普通便」を選択する。ほんとうに1か月以内くらいに届けてくれれば「いつでもいいですよ」の気持ちなんだけど、この時期に注文してる時点できっと現場の人泣かせなんだろうなぁ。なんて思ったりする。ごめんなさい、でも便利だから使わせてもらってます。もう少しプライム会員の料金多めに払うから、現場の人までちゃんとお金が届く仕組みを作ってほしいと思う。

 

2週間ほど前から、お風呂上りに柔軟を始めた。意外と継続できている。

初日に開脚すると、本当に盛って85度くらいしか開かなかった。2週間後の今、95度くらい開くようになった。自分の身体が硬すぎて引く。でもこれが現実。

2週間の継続で、10度も開くようになったのだから、1年後にはもしかしたら180度開脚が余裕になっているかもしれない。そんな幻想を抱きつつ、少しずつ精進していこうと思う。

 

開脚ストレッチと、軽い柔軟。それに加えて「激しい猫のポーズ」。わたしが勝手に命名した。ジムの筋トレで出てくるから、正式名称はあるのだろうけど、自分の中では「激しい猫のポーズ」と呼んでいる。腹筋に力を入れるのがポイント。

後は背筋を鍛える「陸に打ち上げられた3秒後の魚のポーズ」。これもわたしが勝手に命名した。10秒キープするのがめちゃくちゃしんどい。今日やったら風邪をぶりかえしそうになった。ちょっと反省。風邪が完璧に治ったら、ちゃんと再開しようとおもう。

少しずつ家でできる内容を充実させていきたい。ジムのヨガのレッスンにも出てみようと思う。ヨガ系はなんとなく避けてきた。理由はないんだけどね。

 

シュッとしたかっこいい女性になるんだ。地道にがんばるぞ。おわり。