ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

「親友」

新幹線に乗って、親友に会いに行った。
"親友"と呼ぶのはとても恥ずかしい。響きも恥ずかしいし、勝手にそんな風に呼んだらいけない気がしている。
そして向こうがわたしのことを"親友"だと思っていなかった場合、憤死するしかないレベルである。
でも、結婚式をするとしたら招待したい友人として、真っ先に顔が浮かぶのはその子なので、ここでは"親友"と呼ばせてもらうことにする。
 
新幹線に乗り、親友が住む土地に初めて降り立った。山が綺麗な場所だった。
ツイッターで軽く私の仕事のことを呟いていたので、心配してくれていた。
約1年ぶりの再会。お互い人見知り*1をする暇もなく、高校時代に戻ったときのように会話がスタートする。
 
散歩して、近所を案内してもらって、昼からお酒を飲んだ。背伸びをして少し高級なイタリアンのお店でパスタランチと白ワインをデカンタで注文。パスタを一口ずつ交換しあった。
親友は地元の食材を使ったクリームパスタ、わたしはカルボナーラ
どちらも生パスタで、もちもちしていて、美味しかった。ちょっぴり高級な味がした。
サラダのドレッシングも、ふわふわのパンも、食べたことのない味だった。
白ワインも口当たりがよくて、とてもおいしかったのだけど、銘柄を確認してくるのを忘れてしまった。おいしくてごくごく飲んだ。
 
近況報告をし合う。
ここで重要なことは"し合う"ということ。
基本的にわたしは、人の話を聞いていることが多い。
自分の話をするときも、内容を吟味してから話すことがほとんどだ。
ちょっと自分の専門領域に入ると、話すことを躊躇することが多い。専門性が高すぎて、話しても分からないだろうし、つまらないだろうなって思うから。
 
親友には、自分の専門のことについても話すことができる。
仕事の辛かったことを、仕事の専門性や背景を交えながら説明することができた。こんなに話せたのは初めてだった。
今日、新たな発見だったのは親友が"聞き上手"であるということ。
会話の中で質問と同意、相槌を上手なバランスで組み込んでいる。
質問してくれるタイミングも絶妙だし、興味を持ってくれているんだなと感じることができる。些細な話術かもしれないけれど、そのおかげで気持ち良く話すことができる。
 
お互い理系だし、わたしの進んだ進路にも若干知見があるということも手伝っていたのかもしれないけど、それでも、少し専門性の高い話を聞いてもらえたのが嬉しくて、親友っていいなぁと思った。
 
彼女はプロフェッショナルになるような、とてもかっこいい仕事をしている。
その仕事をしていることは本人も想定外のようだけど、仕事の話を聞いて純粋にかっこいいなと思ったし、そんな仕事をしている親友のことを誇らしく思った。
 
ジェラートを食べながら、ベンチに座って2時間以上おしゃべりした。
目の前には川が流れていて、雪解け水が大きな水の流れとなっていた。川のせせらぎを聞きながら、目も耳も幸せだった。
森の中を鳥が飛びまわっていて、その中に私たちがいた。
時間と空間さえあれば、わたしたちはいくらでもおしゃべりができる。
 
その後駅の近くに移動して、お店に入って夕食を選び*2、一緒にビールで乾杯して、わたしは新幹線に乗ってひとり帰路へ着いた。
9時間ちょっとの再会だったけれど、あっという間で、幸せな時間だったように思う。
 
遠い場所に住んでいるけれど、ふっと連絡して、また今日みたいに会えたらいいなと思う。
 
来年、私たちは出会って10年目になる。
あっという間すぎて驚いた。
「来年、10年記念の旅行に行こうね」なんて話をした。お互い旅行好きだから、是非とも予定を合わせて行きたいと思う。
 
高校時代の友人は一生ものだよ、なんて話を高校に入学した時に先生から聞いたけれど、その通りだと思う。大切な友人にたくさん出会えて、私は幸せ者だ。
ぐんぐんと東京に近づいていく帰りの新幹線で夜景を眺めながら、「今は遠く離れているけれど、年をとっても数年に1度の頻度でもいいから、会っておしゃべりができたらいいな」と、強く願った。
 東京の夜景は、いつもと変わらず、輝いていた。

*1:久しぶりに会うと、人見知りをすることがお互いにある。

*2:お腹いっぱいではち切れそうになった。どう考えても今日1日は食べ過ぎている