「救われた」という言葉がある。
人生において多用することはないかもしれないが、ここぞという瞬間「救われた」と感じる時がある。
何に救われるのだろう。何から救われるのだろう。
今にも崖から落ちそうな、片腕がかろうじて崖をつかんでいるという絶体絶命な状態で、他の人に自分を引き上げてもらったなら、それは正真正銘の「救われた」状態に当てはまると思う。
でも、人生においてそんなに分かりやすいことってあまりない。
それよりも「心理的に」「救われる」ことの方があるのではないだろうか。
そして私は、救われた瞬間に「救われた〜〜」って思うことよりも、「あぁ、あの時はあれに救われてたんだな」と思い返すことが多い。
そんでもって、それは苦しんでいる直接的なものが解決したりだとか、自分の悩みを聞いてアドバイスをもらった瞬間が必ずしも当てはまるとは言えない。
むしろ悩んでいることとは全く関係ないところで救われる瞬間が多々あるように思う。
なんで救われたのか、なにに救われたのか、よく分からないけど、気がついたら救われている。
それは、何気なく見ているYouTubeの動画だったり、ボロボロになるまで読んだ本だったり、たまたま目に入ったブログだったり、街中で流れてる音楽だったり、水族館で泳いでるペンギンだったり、毎日枕元にいるぬいぐるみだったりする。
私が辛いときに、無意識にすぐ取り出せる場所にいた「それら」は、私を救っていたのだ。
でも、私を救ってくれた「それら」は私を救おうとして何かをしてくれたわけではない。
誰かが生み出したものであることには間違い無いのだけど、その目的は「私を救う」ことではなかったはずだ。
「それら」が生まれた理由は、誰かの趣味だったり、ビジネスだったり、愛だったりするのかもしれない。
それでも、結果的に私と全然関係ないところで生まれた「それら」が私を救うことになっている。これが不思議でしょうがない。
私が救われたものたちの一部を書き残してみる
・Quiz Knockの動画の中で楽しそうかつ真剣にクイズに答えてるメンバーの姿
・まなつさんのブログ(特に"愛"について書いてある記事)
・作家有川浩さん「植物図鑑」内でイツキとさやかが散歩してるシーン
・SSW佐野仁美さん「Fighter」のサビ
みなさんはなにに救われていますか。
素敵なものを探しながら、明日も生きていきましょう。