ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

「そうなんだ」

先日、電車に飛び込もうとした。本当に死にたいと思ったのかどうかは分からない。でも、目の前に走ってくる電車に吸い込まれるような気がして慌てて、気をそらした。ホームの乗り口から一番遠い、安全な場所へ自らを避難させて、なんとかやり過ごした。
1日経ってみて、その瞬間のことを思い出すけど、あのときは本当にどうかしていたんじゃないかと思う。電車に飛び込もうなんて、正気の沙汰じゃない。そう、正気の沙汰じゃないのだ。じゃあなんで、なんであの瞬間飛び込もうと思ったのか、思ったんじゃなくて吸い込まれるような、そんな気持ちになった。うまく表現することができない。

なんとか家に帰って、安堵した。安全な場所に戻ってこれたな、と。
母親に体調が悪いことは伝えていたので「大丈夫か」と心配された。「ぼちぼちかな」と伝えた、もし娘が、ついさっき電車に飛び込もうとしたんだ、なんてことを話したらどんな気持ちになるだろう。自分が母親だったらすごくつらい。つらいじゃ形容できない。できるだけ悲しい思いをさせたくなくて、そっと心の扉にしまった。
そうやって、周りで支えてくれている人に素直な感情が出せないから、こんな風になっちゃったのかなと思ったりもする。
温かいお茶を飲んで、いつも通りベットの中で1時間ほど睡魔と格闘して(わたしの睡魔との格闘、とは眠りにつくことだ)その日は眠った。

翌朝、6時に起きて、この文章を書いている今日なのだけど、朝ごはんを食べて、スマホを見ていたら山下からちょうど返事があったから、電話してみた。
山下に「今から言うことにはね、「そうなんだ〜」って言ってくれたらいいからね、それ以上の言葉は求めてないんだよ、ただ、そうだったんだ〜って聞いてくれたらそれでいいんだ」と伝えて、
トラウマ治療で起きたことと、はじめて電車に飛び込もうとしてしまったことを話した。他人事のように淡々と話せてしまうことがちょっと怖いと感じる。
約束通り「そうなんだ」と静かに話を聞いてくれた。これがどれだけありがたいことか、わたしは普段山下にも、自分の気持ちの落ち込み方とか、そういう状況になったときに逐一報告はしていない、今回ははじめて、明確で分かりやすい状況を伝えた気がする。
これを話すことで、相手の負担になってしまうと思うと、申し訳ない気持ちがたくさん出てくるけど、昨日からずっとただただ、「そうなんだ」って言って欲しくて、その願望を叶えたとも言えるのかもしれない。

はてな用のツイッターに書こうかとも思ったし、仲のいいリア友とだけ繋がってるツイッターにも「さっき本気で電車に飛び込もうとしたわwwわたしの脳みそヤバすぎwww」と書こうとも思ったけど、心配させすぎちゃう姿を想像して、止めた。優しい友達が多いから、ものすごく慌てさせちゃうと思った。

これを読んだ方にも、心配をかけてしまうかもしれない。今は落ち着いているから大丈夫だ、逆にこのことを、冷静に書き残しておこう、後学のために役立つかもしれない、とまで思っている。身近で同じ状況になる人もいるかもしれない。いや、いて欲しくないけど。

「そうなんだ」と話を聞いてくれることのありがたさがすごい。
「大丈夫だよ」「頑張れ」「死んじゃったらもったいないよ」「生きてれば楽しいことがあるよ」違うんだ、かけてほしい言葉はそんな言葉じゃない。全部わかってる、分かってるけど、その上で、咄嗟に、一種の発作と言っても良いのかもしれないけど、電車に飛び込もうとしたのだ。
その事実をただ、「そうなんだ」と聞いてくれるだけでいいのだ。

傾聴ってきっと難しい。
信頼できる相手に、傾聴してもらって「そうなんだ」って言ってもらえるだけで、すごく楽になれる。
「そうなんだ」と、わたしも優しく言えるような人間になりたいな。