ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

ある日の夜

気圧の低下が落ち着いてきた深夜11時、そっと布団を抜け出した。

雨の降る日はまだ慢性的に調子が良くない。今日は頭痛がしっかりとやってきた。ずっと寝ているだけの生活は、悔しい。

布団を抜け出したわたしは、髪の毛をまとめて半身浴へと向かう。湯船に浸かった瞬間から、身体の力が抜けていき一度リセットされる感覚になる。お風呂に入るまでは面倒だけど、入ってしまえば極楽であること。頭では理解していても、行動に移せるかはまた別問題だ。

身体をほぐしながら、今日良かったことを考える。揚げたての鰯のフライが美味しかったこと。スーパーでぶりの刺身が安くて嬉しかったこと。ずっと待っていた手紙が届いたこと。あともうひとつくらいあったのだけど、忘れてしまった。

 

遠距離恋愛中の山下に、もしかしたらこの先しばらく会えないのだろうかと、ふと思った。いつもは次に会える日程が決まっているのだけど、その目途が立っていない。

ちょっと頑張れば、山下の住む場所へ行くことは出来るけれど、自分がコロナを持って行ってしまう可能性があると考えると、自重しよう、となる。今保菌していなくても、移動の際には確実に空港かターミナル駅を使用することになる。万が一自分が山下に移してしまったら、そして山下の家族や職場に迷惑をかけてしまったら、と考えると、とてもじゃないけど会うことは出来ない。

自分には今できることを、じっとしているということを。

家族であれ友人であれ恋人であれ、会いたい人に会えないのはしんどいなぁ、と当たり前のことを思う。自由であることは尊い

 

頭痛が復活してきた。今日はおとなしく寝よう。

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最近のこと(2020.3)

勉強場所について

コロナの影響で、外出が憚られる。住んでいる地域はそこまで人が密集しているわけでもないのだが、もはやそういうことを言ってられなくなってきた。今までのわたしの勉強場所は、カフェ・図書館・学校といった、自宅以外での場所だった。自宅よりも誘惑が少なく、ずっと集中できるからだ。自宅だと後ろを振り返ればベットがある。いつでも睡眠に入れるという環境は、少し疲れたときに強烈な誘惑となってくる。

とは言っても、もう外で勉強することは出来ないわけで、自宅でどうにか集中するしかない。机の周りの色やモノをもう少し減らそうかなとか、考えているけれど、提供できる空間にも限界があるわけで、色々と難しい。

 

散歩は大事

体調や天気に支障が無ければ、一日一回、散歩に出かけるようにしている。お供はドラクエウォーク。道を歩いていても、人が少ないため、すれ違う人はせいぜい1~3人程度だ。30分から1時間半くらい、その日の気分で歩く。老人が2週間寝たきりで歩いていないと、7年分身体が老化する、という話をどこかで聞いて、私は老人ではないけれど、とりあえず外を歩く、ということだけは最低でもしようと心に誓った。

自由な環境のもと自分の意志で外出しないのと、外からの圧力があって外出しないのとでは、気持ちのコントロールというか、気持ちの持ちようがものすごく違うのだなと実感。まるで監獄に閉じ込められたかの様な気持ちになる。こんな生活が続いたら、たくさんの人がすごい量のストレスを抱えてしまう。もう既にみんな大変だけど、少しでもメンタルを元気に保ってほしい。わたしには願うことしかできない。

 

情報制限をかける

テレビは、夜7時からのNHKのニュース以外は見ない。それ以外のワイドショーなどは、目新しい情報は特にない上、気持ちを不安定にするだけである。

首相や都知事など、気になる記者会見はネット配信を使って見る。でも、元気な時にしか見ない。記者の質問は(刺激量が強くて脳みそ的には魅力的ではあるのだけど)最終的にイライラしてしまうので見ないように心がける。

ネットニュースも深追いしない。(すごく気になってしまうのでなかなか難しいのだけど)

TwitterはTLを平和的になるように整理した。冷静に情報を伝えてくれる知見者はありがたい。ネームバリューがあったり有益な情報を発信している人も多くいるけど、口調が過激なもの・とにかく批判しかしない人、あたりはいったん全てミュートした。

不安になる→少しでも不安を解消したくて情報を深追いする→また不安になる→情報は深追いしてもでてくるものには限界があるし、見たところで現状は変わらない→でも不安になる→メンタルがやられる

といった悪循環が簡単に発生してしまうことを痛感する。

災害が発生するたびに、情報を追いかけたくなってしまうのだけど(そして色んな人に思いを馳せすぎて、メンタルがやられるのだけど)、最近はそのあたりのコントロールができるようになってきた。

デマに惑わされないためにも、情報の発信元には細心の注意を払って見るようにしている。

 

マスクはもうない

1月の時点では家に備蓄があったから、全く問題視していなかったけれど、どんどん長期化していく中で、マスクの備蓄はほとんどなくなった。今は1枚を大切に大切に使っている。中にティッシュを仕込むことで少しでも長持ちしてくれたらいいなと思いながら。とは言っても、ほとんど外出をしないので、マスクを必要とするシーンもほぼないのだが。

医療関係者など本当に必要としている人に届いてくれたらいいなと、それだけを思う。

 

この先の楽しみな予定が全くない

いろんなことが先行き不透明な中、楽しみにしていた予定がことごとくキャンセル・延期になった。いつもだったらこの時期にはGWの旅行の予定を立てているのに、それさえもできない。次の旅行が決まっていることが、精神衛生上かなりのプラス効果をもたらしていることに気が付いた。

などと言っていても、今は耐え時。インターネットやSNSを上手く使いながら静かに過ごそうと思う。オンライン飲み会やってみたい。

 

アーティストの生配信がすごく嬉しい

scandalというバンドが好きなのだけど、先日、YouTubeライブを使って生配信をしてくれた。楽しみが大きく減っている時期だったので、久しぶりに楽しい気持ちになれてすごく嬉しかった。生放送だと、コメントがガンガン流れてきて、それをみながら音楽を聴いていると、ライブ会場ではないけど、模擬ライブ的なものに参加してる気持ちになれてすごくいい。運営や企画も大変だと思うけど、あらかじめ予告されているとその放送を楽しみにする時間もできて、一石二鳥だなと思う。

 

そんな感じ。なんとか生き延びましょう。

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脳内コンディショナー

知的活動ができるようになってきた。英語や専門の勉強が主だった活動である。

新しい目標ができた。やっと、自分がやるべきこと、これをやっていったらいいんだぞという明確な指針というものが完成しつつある。目標の達成のために、情報を収集し、整理し、目標達成までの道のりを考えていく。最短でも5年はかかる見通しだ。勉強量が、圧倒的に必要である。

最近は、ほぼ毎日、雨さえ降らなければ外出が可能になってきた。嬉しい。近所のカフェまで散歩して、カフェで1~2時間、調子がよければ6時間近く執筆や勉強をする。

たったこれだけのことだけど、去年は考えられなかったほどの活動量だ。

本屋さんに行っても、手が震えなくなった。めまいがして、動けなくなることが無くなった。

少し長時間、東京の電車に乗っても、過呼吸の予兆なものがやってくる頻度が減った。通勤時間帯の満員電車は映像を見ただけで、吐き気を催してしまうけれど。

 

知的活動に喜びを感じる。新しいことを知れるのは、純粋に嬉しい。楽しい。興味深い。頭を使った活動に、こんなにも充実感を感じることができるのかという、人間としての性質を改めて知ることになった。

考えてみると、幼少期はともかく、小学校に入ってからは社会人になるまで、日常的に頭を使っていた。うつになって寝込む生活をするまでは、毎日、勉強に限らず、なにかしら頭を使って生きていたし、新しいことを知る機会があったと思う。

うつになって、脳みそが完璧に停止してしまって、人間としての活動が出来ない時期があった。今も、ふとしたときに、停止してしまうときがある。

最近、再び勉強を始めて、新しいことを知る、覚えて、応用する、というこの過程がものすごい喜びを生むことだと改めて知った。もっと勉強したいと思うし、目標に近づきたいと思う。それでも、脳みそが動いてくれる時と動いてくれないときがあるのだ。動いてくれない時が、ものすごくもどかしい。

具体的には、左の前頭葉のあたり、特に午前中と夜19時以降。文字の読み書きに関する活動がほとんどできなくなってしまう。体は起きているのに、脳内の半分が睡眠状態になっているような感覚になる。すると、勉強ができるのは、お昼過ぎから夕方までの時間帯に限られてしまう。もっと勉強したいのに。自分の欲求に脳みそが追い付いてくれないのがもどかしい。

焦る必要はないと自分に言い聞かせるけど、やりたいことができないこのもどかしさは焦らせる原因になる。早く元気になりたい。完全復活まで、もう少し。だといいな。

世界に色が増えていく

半年ぶりに美容院へ行った。こんなにスパンが空いたのは初めてかもしれない。
伸びた髪は、傷んでいた。傷んだ髪の毛に気付いたのは、ショッピングをしている時に大きな全身鏡に映った自分の姿から。思った以上にボワっと広がっていて、これはまずいなと思った。
増えた毛量を減らし、毛先を整えてもらう。もう15年もお世話になっているいつもの美容師さん。何も言わなくても、私の髪の毛を知り尽くしているから、お願いしますと言っただけで、席に座る。第二の実家に帰ってきたような安心感。
 
1時間ほどで終わり、散歩をする。とてもいい天気で、今日は春物のコートだ。分厚くて暗い服から、ベージュや緑といった、少しだけ色付いた服へとシフトしつつある。
 
部屋の中を見渡した時、床に転がっているいくつかのカバンが全て黒かった。タンスを開けると、普段きている洋服は全て全身が黒か紺。コートも黒で、全身真っ黒の生活をしていたことに気づいた。目立たなくて、無難だし、楽だし、そんな理由で社会人になってから色の暗い洋服ばっかり着るようになっていた。そんなことにさえ3年経った今、ようやく気づく。
古くなってしまった財布を新調しようと思っている。普段の自分だったら、紺か黒を選んでいたけれど、もっと他の、明るい色が欲しい気分になった。
外が明るい。暖かい。太陽がぽかぽかと温もりを分けてくれる。暖かくなったのがとっても嬉しくて、春が来たんだなと、わたしのうつも、もしかしたらもうすぐ終わるんじゃないかと、そんな予感がした。
 
全てが順調に行けば、4月から新生活になる。今までお世話になった人たちに、報告も兼ねて、色んな人に会っている時期でもある。
道端に、オオイヌノフグリが咲いている。紫色の小さな花。名前の由来はともかく、オオイヌノフグリは小学生の時から好きな花のひとつだ。
ちょっと歩いた先にある菜の花も、ずいぶんと綺麗に咲いているらしい。近いうちに、菜の花も見に行きたい。
春が来るのが嬉しい。こんなに、春が来るのが嬉しいと思ったのは、人生で初めてかもしれない。

ざわつく

テレビを見ない、SNSも見ない、ネットニュースを見ない。でも、気になる…知ったところで自分に何ができるわけでもないのに。
ああ言えばこう言う世界、正しいことなんて誰も分からなくて、多面的なものが複雑に混ざり合った世界だから、全員が納得する解があるわけでもない、不平不満は目立つから大きな声となる。粛々と対応してる人が大多数のはずなのに、メディアが発する情報は恐怖を煽るものが多くてパニックが伝染してくる。
一次ソースに当たりたい。誰が言っているのか、信頼できるソースからの情報でないと、信じられない。こわい。認知行動療法のノートが別邸にあるためか、思考を整理するのが難しい。


静かに本を読んだり、日記を書いたり、ゲームをしたり、勉強をするべき。刺激量が大きすぎるメディアからは離れる。
今日はいつも惰性で見ている昼間のワイドショーを見るのをやめた。連日よりも精神衛生が良かった。ニュースアプリの通知を全て切った。いっその事、スマホの電源を落としてもいいのかもしれない。
 
早く落ち着きますように。腹式呼吸をして、なんとか自分を保っている。